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礼拝説教

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説教「指の働き」 長山 信夫牧師

 ルカによる福音書11章14-26節

 「天の父は求める者に聖霊を与えてくださる」(11章13節)。主イエスが弟子たちに語られた祈りの教えの最後の言葉です。主イエスは、親が子供に良い物を与えるように、天の父は、あなたがたの求める以上に良い物をくださるのだから、求めなさい、探しなさい、門をたたきなさい、と信じる者たちに祈りを奨励されました。神がわたしたち信仰者にくださる最高のもの、最大のもの、それは聖霊なのだと主イエスは教えてくださっているのです。

 ルカによる福音書は聖霊が与えられる素晴らしさを何度も繰り返して私たちに明らかにしてくれています。

 マリアに告げられた主の言葉は1章35節にあります。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。」

 老預言者シメオンには聖霊がとどまっていたとあります。幼子イエスを腕に抱き神をたたえたシメオンの言葉を読みましょう。2章29-32節です。
「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
この僕を安らかに去らせてくださいます。
わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
これは万民のために整えてくださった救いで、
異邦人を照らす啓示の光、
あなたの民イスラエルの誉れです。」

 主イエスの洗礼の時の光景が3章21-22節に描かれています。
民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

 この3箇所を見ただけでも、聖霊が最高の恵み、最大の賜物であることは明らかです。
信じて祈るすべての人々に、神は聖霊を与えてくださっているのです。

 今日の御言葉は一転してこの世の悲惨な有り様が描写されています。それが14節から12章1節まで続く神を畏れることを知らない世の姿です。主イエスは悪霊を追放し、病める者を癒やし、御言葉によって人々を信仰へと導かれました。主イエスに同行した婦人たちの中には悪霊を追い出し癒やしていたマグダラのマリアをはじめ、数人の婦人たちがいたことをルカは8章で伝えています。

口の利けない人がいました。突然口を利けなくなった人にバプテスマのヨハネの父ザカリヤがいます。「時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったから」(1章30節)とその理由が記されています。神が口を利けなくしたのです。そこには神様のご計画がありました。今日の御言葉の人は違います。悪霊の仕業でした。理由なく負わなければならない苦しみは辛いことだったでしょう。主イエスが悪霊を追い出すと「口の利けない人がものを言い始めた」と11節にあります。奇跡です。人々の反応が三様に取り上げられています。一つは「驚嘆した」群衆です。次は悪霊を追放する力はどこからきているかという議論です。最後はしるしを求める人々です。12章にファリサイ派と律法の専門家たちを避難するイエスの言葉が記されています。

しるしを求める人々に、ヨナのしるしのほかには与えられないと主は教えておられます。ニネベの人々がヨナの言葉を聞いて悔い改めたように、悔い改めて主を信じる者になれとの主イエスの招きです。

もう一つは、悪霊追放の力の由来についての論争です。イエスを主と認めたくない人々の理屈です。
悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出しているのだと主張し、群衆がイエスを警戒するように、イエスを主とすることのないように導こうとしたのです。ベルゼブルとは「バールは主」という意味で、古代シリア・パレスティナで広く信仰されていた嵐と雨の神です。イエスをベルゼブルと関連つけるのは精一杯の侮辱です。

イエスは「神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ」(20節)と言われました。
「神の指」は出エジプト記8章19節に出てくる言葉です。イスラエルの出エジプトを受け入れない王パロに対して、神は様々な災いをエジプトにもたらし、何としても過酷な労働から民を救おうと努力されたのです。エジプトの魔術師たちも対抗しましたが太刀打ちできません。魔術師は「これは神の指です」とパロに伝え、イスラエルの民を希望通り国外に追放するように迫りました。神をも畏れないパロと違って魔術師たちは自分たちの無力を痛感したのでしょう。神の指として働くモーセとアロン、自分たちは到底敵う者ではないと白旗を上げたのです。指には部分とか小さいとかという意味が含まれているでしょう。しかし、神の指の力は他と比較にならない絶大であることを示しています。別の意味もあるのではないでしょうか。悪霊は無理やり人を捉え力ずくで苦しめます。神の指は、差し伸べられる救いの手の先にあって、優しく差し伸べられ、離すこと無くしっかりとその人を引き上げます。

 足は第二の心臓と言われ足の筋肉のトレーニングが重要だとのことです。指には脳と繋がる沢山の神経があって、指を動かすことで思考力、言語力等様々な力を鍛えることが出来るそうです。「神の指で悪霊を追い出す」という言葉は、神の救いには神の愛が含まれていることを伝えてくれているのではないでしょうか。
悪霊を追い出されるイエス様の働きは、弟子たちへの祈りの教え、そして祈る人に聖霊を注いでくださる神の恵みに直結していることを説教のはじめに紹介しました。

 悪霊は聖霊とともにいることはできません。神の指をその人を苦しめる悪霊をつまみ出してくださるからです。悪霊の支配に苦しめられていた人も、祈りによって聖霊が与えられ、聖霊の導きによって、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制という聖霊のもたらす実を結び、わたしたちを神の国を受け継ぐ者としてくださるのです。

祈り
天の父なる神様、あなたの愛の恵みを覚えます。聖霊の賜物によってわたしたちを潔め、実を結ぶ人生へと導いてくださる幸いを感謝します。 
 この祈りをイエス・キリストの御名によってささげます。  アーメン 

 

      380紫講壇

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