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礼拝説教

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説教 「キリストの復活の力を知る」 長山 信夫牧師

フィリピの信徒への手紙3章7~21節

 「しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。」7節にあるパウロの言葉です。「有利であったこれらのこと」は、5、6節に記されています。「わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、 熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。 」いずれもユダヤ人たちが誇りとしているもので、前半は与えられた境遇、後半は個人の努力です。

パウロは恵まれた自己の境遇に、さらに懸命な努力を積み重ねて生きてきました。自分は誰にも引けを取らないと自負してきたのです。しかし、復活の主イエスとの出会いによって、いっさいを損失とみなすようになりました。価値観の大転換です。「損失」さらに「塵あくた」とまで言っています。これほど徹底した自己否定は、それとは比較にならない素晴らしい経験をしたからです。それは「わたしの主キリスト・イエスを知」ったことです。

「わたしの主」という言い方は、キリストと自分との関係を特別に強調する表現です。誇りとしてきたことを誇ろうと思えば、誇ることはできます。人々は称賛するに違いありません。しかし、キリストを知った今、そんなことはもうどうでもいいのです。主イエス・キリストの恵みがあまりに素晴らしいからです。そこでパウロはこれからは「キリストを得る」こと、「キリストのうちにいる者と認められる」こと、イエスのように「死者の中からの復活に達する」こと、この目標に向かってひたすら走ること、これらのことをパウロは言葉を尽くして語り続けるのです。

7節は「しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです 」と過去形で記します。過去形で記しているのは確定したことだからです。キリストを知った最初の出来事、それはすでに確定した原点、始原、ゆるぎない出発点です。パウロの歩みはここから始まったのです。
8節以降は現在形です。キリスト・イエスを知ることに終わりはありません。彼の生き方、生きる目標になっているのです。8節から14節までを読んでみましょう。

「そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、 キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。 わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです。 わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」

NHKの連続テレビドラマ『エール』が放映されています。多くの軍歌を作曲した古関裕而は敗戦後罪責感に苛まれます。多くの若者を死へと駆り立ててしまった。恩師も、娘の友人も亡くなり、功績が一気に罪責へと変わってしまいました。戦争責任の問題は日本社会の根底に今も厳然と存在している負の遺産です。輝かしく誇っていた事柄が戦争の悲惨によって全くの無に帰したのです。どのようにして立ち直ることができるのでしょうか。キリスト・イエスを「わたしの主」として知ること以外に救いはないのです。

 わたしたち夫婦に洗礼を授けてくれた牧師も第2次世界大戦を境に価値の転換をせざるを得なかった人です。軍人として国のために命をささげる覚悟でした。敗戦によって多くの人が生きる目標を失いました。恩師はキリスト教の洗礼を受け、今度は神のために命をささげる決断をしたのです。伝道者となって生涯を貫きました。

神学生時代、熱海の旅館の夜警をし、朝東京に向かい神学生として学ぶという、ありえない生活でした。ある夜、旅館の外を見まわると崖の下にキラキラ輝くものを発見し、思わず近づくとそれはビンのかけらであったという話を度々していました。光り輝いていたのは酔客の投げ捨てたビンのかけら、そこに自分自身の姿を見出していたのです。徹底した自己否定です。しかし、それに光が差し込めば闇に負けない輝きを放つという発見です。救われた者としてキリストの光を世にもたらしたい、それが恩師の言わんとすることだったに違いありません。

ここにも価値の大転換があります。否定さるべき過去とそこから救い出してくださるキリストの恵みです。挫折があり、そこでキリストを信じるようになった、という順序です。
パウロの場合はこうです。

エルサレムでユダヤ教最高の指導者であるガマリエルのもとで厳しい教育を受け、熱心に神に仕えていたパウロは、キリスト者を迫害し、殺すことさえしていたと使徒言行録22章4節に記されています。それだけでは飽き足らずキリスト者を縛り上げ、エルサレムに連行するためにダマスコに向かったのです。疑うことのない明確な確信の中での行動でした。そのパウロの前に立ちふさがったのは復活の主イエスです。使徒言行録に三度、ガラテヤの信徒への手紙では自らの言葉で記しているパウロの回心です。使徒言行録22章6節から11節を読みましょう。

「旅を続けてダマスコに近づいたときのこと、真昼ごろ、突然、天から強い光がわたしの周りを照らしました。 わたしは地面に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と言う声を聞いたのです。 『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである』と答えがありました。 一緒にいた人々は、その光は見たのですが、わたしに話しかけた方の声は聞きませんでした。 『主よ、どうしたらよいでしょうか』と申しますと、主は、『立ち上がってダマスコへ行け。しなければならないことは、すべてそこで知らされる』と言われました。わたしは、その光の輝きのために目が見えなくなっていましたので、一緒にいた人たちに手を引かれて、ダマスコに入りました。」

「キリストのゆえに」と2度、「キリスト・イエスを知るあまりのすばらしさに」と1度、パウロは救われたのは全く神の恵みであることをフィリピの信徒への手紙で強調しているとおりなのです。「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。」

 今日のみ言葉には、信仰義認に関する重要な教えがあります。
9節途中から11節を読みましょう。
「わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、 何とかして死者の中からの復活に達したいのです。」

「信仰義認」、福音主義信仰の重要な教理は、「信仰に基づいて神から与えられる義」とあります。キリストへの信仰そのものも全く恵みとして神から与えられるのです。キリスト信仰が自分の努力によるものならば、それは神の義ではなく自分の義となってしまいます。パウロの回心の出来事はそれを語っています。これはパウロだけの特別な経験ではありません。日本基督教団信仰告白にこうあります。

「神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの罪を赦(ゆる)して義としたまふ。」
キリストを信じる者へと神は恵みによってわたしたちを選んでくださったのです。
「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。」ヨハネによる福音書15章16節にある主のお言葉です。

長い求道生活の後、洗礼を受ける人がいます。何も知らず、何の用意もないままに洗礼を受ける人もいます。「先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」。マタイによる福音書19章30節のみ言葉です。大切なのはキリストを信じキリストに委ねて歩みだすことです。主イエス・キリストもすべてを父なる神に委ね、すべてを託して十字架の死に至るまで徹底して歩まれました。主イエス・キリストを復活させられた神は、キリストに結ばれた私たちをも復活させてくださるのです。

祈り

父なる神様、あなたの限りない恵みのうちに私たちを招いてください。
ひたすら主を求め、主にお従いする者としてください。

御子イエス・キリストの御名によって祈ります。             アーメン

 

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     「オランダからの羊のベル」
   

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